fc2ブログ

妙見の森フリーパス切符 ③能勢妙見山

 今回はかなり長いですが、よろしくお付き合いをお願いします。

 nosemyoukenzan1.jpg
 リフトを降り、更に上って行くと、大きな鳥居が見えてきます。
 鳥居の扁額には「妙見大菩薩」と書かれていました。

 nosemyoukenzan2.jpg
 神社か?と思いますが、神社ではなく、日蓮宗霊場 能勢妙見山(のせみょうけんざん)という寺院です。
 前回の記事にも書きましたが、鳥居は神社だけに建てられるのではなく、聖域への結界という意味でお寺にも建てられることがあるのだそうです。

 でも、ちょっと変わっているのは、このお寺には寺号がありません。
 普通、○○山○○寺とありますが、こちらは「能勢妙見山」のみ。
 あまりこういうお寺はありませんよね。
 このお寺の正式名称は「無漏山眞如寺(むろさんしんにょじ)境外仏堂 能勢妙見山」といい、妙見山の更に奥にある、奥の院の近くの真如寺というお寺の飛び地仏堂なのだそうです。
 それでも、仏堂の名前が山の名前だなんて、やっぱり変わってますよね。

 nosemyoukenzan3.jpg nosemyoukenzan4.jpg
 そして、鳥居といえば狛犬
 こちらにも狛犬さんたちがいらっしゃいました。
 鳥居や狛犬は、神仏習合の時の名残だそうです。

 nosemyoukenzan5(1).jpg
 目立つのは神馬
 鳥居をくぐった両脇に、4頭だったか6頭だったかの神馬がいました。
 北極星を守護する星として、北斗七星と輔星(北斗七星の柄の部分の端から2番目の星の伴星のこと)の8つの星があるといわれ、妙見菩薩さま(北極星)を守る神馬も8頭境内にいるそうです。

 北極星の神格化が妙見菩薩という思想は、中国から入ってきたものですが、山や星などを祀る自然信仰が古くからある日本にとってはなじみやすかったのか、北極星とそれを守る北斗七星を祀る妙見信仰は、奈良時代にはもう既に普及していたようです。

 妙見信仰は渡来人からもたらされたと考えられており、初めは近畿以西の信仰だったみたいですが、関東・東北に広がり、中世では妙見菩薩を氏神とする武家も多数あったようです。
 その中でも千葉氏が妙見菩薩を守り神にしており、所領であった土地に妙見由来の神社仏閣などを建立。
 日蓮聖人も妙見菩薩を重んじたことから、日蓮宗系のお寺に妙見菩薩さまが祀られることが多いのだそうです。
 日蓮聖人さまも千葉県ご出身ですものね。

 nosemyoukenzan6.jpg
 山門です。
 山門が大阪府豊能郡能勢町と兵庫県川西市の県境になります。
 県境の標識は、鳥居のところにもありましたけどね。

 nosemyoukenzan7.jpg
 日蓮宗の寺院ということで、日蓮聖人さまの銅像がありました。
 後ろに見える現代的な建物は、信徒会館の「精嶺(せいれい)」です。
 木とガラスがメインのシャープな建物で(平成10年完成)、星の形をしています。
 見学したい気になりますが、中には入れませんでした。

 nosemyoukenzan8.jpg nosemyoukenzan9.jpg
 こちらは浄水堂(じょうすいどう)という手水鉢です。
 江戸時代より役者や芸能人の信仰が篤く、柱は4代目中村歌右衛門が寄進したものだそうです。
 立派な彫刻がされてました。

 nosemyoukenzan10.jpg
 祖師堂です。
 こちらにも狛犬が。
 中は暗くてあまり見えませんでしたが、お釈迦さまや菩薩さまなどの仏さまと、日蓮聖人さまや開山の日乾上人が祀られているそうです。

 nosemyoukenzan11.jpg
 向かいには経堂と絵馬堂があります。
 経堂は写真撮影が不可で、写真は絵馬堂です。

 お寺の境内は、山の縁に建物が建っており、片側が山、片側が崖になっています。
 山側に、浄水堂、祖師堂、そして本堂の開運殿があり、崖側に寺務所、経堂、絵馬堂があります。
 参拝者はその間を歩いてお参りするのですが、その道幅はそんなに広くありません。
 祖師堂は建物の奥行きをだせなかったのか、仏像などを祀っているだけで、勤行は道を挟んだ経堂から向かいの祖師堂に向かってされていました。
 丁度、勤行の時に行ってしまったのですが、お経をあげているお坊さんの前を通るようで気がひけました。

 nosemyoukenzan12.jpg
 こちらは本堂の開運殿です。
 逆光でうまく撮れていませんが、上から見ると屋根が星の形になっていそうな気がします。
 1605年、能勢頼次により草創され、一度焼失したのか、1787年に能勢頼直により再建
 妙見大菩薩さまがご本尊として祀られています。
 開運・勝負運にご利益があるみたいですよ。
 破軍星(北斗七星の柄杓の柄の一番端の星)に勝ち馬ですものね^^

 最後に能勢妙見山の歴史を、大きく端折りながら、さらっと触れておきたいと思います。
 奈良時代(750年頃)、妙見山が為楽山と呼ばれていた頃、星の王が降りてきたため、村人は行基上人に頼んで、山頂に北辰星を祀ったのが始まりとされています。
 星の王って、隕石でも落下したのですかね?
 もし、これが隕石なら、日本最古の目撃された隕石となるのでしょうが、伝説なので本当のことは不明です(笑)

 その後、能勢氏がこの地の領主になるのですが、能勢氏の祖の源満仲は自邸の鎮宅霊符神像(妙見菩薩の別名)を当地へ遷座し、それ以降、能勢氏は妙見菩薩を代々信仰していたそうです。

 nosemyoukenzan13.jpg nosemyoukenzan14.jpg
 戦国時代になり、能勢頼次(写真左)という当時の領主が、本能寺の変の時、明智光秀に味方したため、秀吉軍に攻め込まれ、領地を追われ、備前(現・岡山県)の日蓮宗のお寺に逃げ込み助けてもらったそうです。
 頼次は、秀吉の時代では不遇でしたが、関ケ原で家康軍につき活躍したため、再び能勢の地の領主に返り咲きました。
 これも、法華経のおかげということで、身延山久遠寺の僧・日乾上人(写真右)の法話を聴きその場で帰依。
 能勢の地に真如寺を建て、日乾上人を招聘したそうです。
 日乾上人は、新たな妙見菩薩像を彫られますが、この像は現在の妙見山(寺院)の地に建立された開運殿で祀られ、山の名前も妙見山と呼ばれるようになったそうです。

 能勢妙見山は、日蓮宗が妙見信仰を受け入れて融合しているのはわかるのですが、ここはなんかキリシタンっぽい印象を強く感じます。
 まずは神馬の鞍や山門にもあるマークが、はじめ十字に見えて「えっ?」と思ったのです。
 これは能勢氏の家紋である「切竹矢筈十字」だったのですけどね。
 
 信徒会館の中を見ると、なんか天使のような像が上部に飾ってあり、2階は礼拝堂と呼ぶそうです。
 おまけに会館の名前は「星嶺」。それって「精霊」と同じ呼び方ですよね。
 それに、北極星の中国道教での呼び方は天帝。
 キリシタンの時代のデウス(神)と同じ意味です。

 ここは地理的に戦国のキリシタン大名である高山右近の領地にもほど近く、茨木市の有名な隠れキリシタンの里の千堤寺地区の横には、妙見街道が通っています。

 nosemyoukenzan15.jpg
 ということで、ここら辺は隠れキリシタンの信仰場所だったのではないかと思い、ネットで調べたのですが確証は得られずです^^;
 キリシタンの信仰場所だったのなら、寺名がないのも納得なのですけどね。
 もしそうだとしても、お寺さんが許しているということは、長い歴史の中、この地では仏教にキリスト教も融合したのかもしれませんね^^
 なんか不思議な感じがするお寺でした。

 今回はかなり長編でしたが、勝手な想像も含めてお付き合いをありがとうございました。
 
能勢妙見山
  
訪問の記念にポチポチっとお願いします。 
にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村
  ↑
 ありがとうございます!
  ↓
スポンサーサイト



プロフィール

Ms.れでぃ

Author:Ms.れでぃ
主に関西で開催されている展覧会を観に行っています。
ゆるゆる感想を書いていきたいと思います。
ローカルネタになりますが、訪問していただけるとうれしいです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
11 | 2023/12 | 01
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
ご注意
◎当ブログに掲載している文章・写真等の無断転載を固く禁止します。 ◎記載の価格や店舗情報は訪問時のもので、現在の価格とは違っていたり、お店が閉店している場合がありますのでご注意を。
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる