弥生美術館・竹久夢二美術館「鰭崎英朋」展('10.2.26 Fri)
東京美術館・展覧会巡り2日目の最初に訪れた美術館は、根津の弥生美術館・竹久夢二美術館です。

ここは、今までに何回か訪れたことのある美術館です。
夢二や華宵が好きなので、来るといつも楽しい気分で観ることができます
。

今回は「生誕130年記念 鰭崎英朋 明治・大正の挿絵に生きる」展(入館料900円)を目的に来ました。
東京旅行の前に、NHKの日曜美術館のアートシーンで紹介されているのを見て是非実物を見たいと思ったのです。
この展覧会を知るまで、この人のことは名前さえ知らなかったのですが、すごく気に入ってしまいました
。
月岡芳年の弟子の右田年英の弟子なので、芳年系譜の美人画が好きな私が気に入るのは当たり前のことなのですが、今まで名前も知らなかったのはもったいないと思えるほどの画家でした。
鰭崎英朋は、明治・大正・昭和にかけて活躍した挿絵画家ですが、当時、鏑木清方と並び称される人気画家だったみたいです。
英朋は妖艶美、清方は清楚な美を描くとされていましたが、展覧会では2人の合作の美人画が数点ありました。
どちらも良く似た絵の雰囲気で、わずかに英朋の方が年上の女性を描いていますが、妖艶というほどのこともなく、上品な美人だと思いました。
私から見れば、清方と英朋とでは技術面ではそれほど差はないように思えたのですが、清方が日本画家として後世に名を残しているのに対し、英朋のこの知名度のなさは不思議です。
これは、同じ挿絵の仕事をしていたにもかかわらず、清方は日本画家と自覚し日本画家であろうとしたのに対し、英朋は初めから終わりまで挿絵画家であろうとしたからだと展覧会の説明にありました。
うろ覚えなのですが、英朋自身が「挿絵画家というのは、定職についていない不安定な存在である」みたいなことを言っていたと書いてありました。
英朋はそれでも挿絵画家であり続けようとしたのは、挿絵画家は日本画家に比べて劣るようなものではないという、強烈な自我があったからではないかと思います。
もちろん多くの家族を養うために、挿絵画家として活躍する方が収入が高いということもあったかもしれませんが、それでも同じ絵を描くのに挿絵と日本画に優劣の差はない、そこに違いがあるのはおかしいと、思っていたのではないでしょうか。
そして、その考え方は、今現在においては正しい考え方だと思われます。
ただ、英朋が生きている間に、それが証明されなかったのが残念です。
英朋の絵は、幕末の浮世絵師・月岡芳年の孫弟子であると確かに思えるほど、場面に即した緊張感のあるドラマティックな絵ばかりでした。
また、幽霊画などの肉筆画は、技術力の高い日本画です。
すばらしい画家ですので、このように再評価されて本当に良かったと思います。
また、どこかで鰭崎英朋に関する展覧会がないか、今度はこちらから注目していきたいと思います
。

この特別展の後は、おなじみの夢二や華宵のコーナーも楽しみました
。
英朋にも、夢二や華宵のような商売っ気みたいなものがあれば、もっと後世に名を残っていただろうになぁ。
でも、それをしたら画家でなくなると、もしかしたら英朋は思ったかもしれませんね
。
鰭崎英朋展は、'10年1月3日から3/28(日)まで開催中です。
オススメですよ
。
弥生美術館・竹久夢二美術館
住所:東京都文京区弥生2-4-3 TEL:03-3812-0012
開館時間:10時~17時(入館は30分前まで) 休館日:月曜日(ただし祝日の場合は翌火曜日


ここは、今までに何回か訪れたことのある美術館です。
夢二や華宵が好きなので、来るといつも楽しい気分で観ることができます


今回は「生誕130年記念 鰭崎英朋 明治・大正の挿絵に生きる」展(入館料900円)を目的に来ました。
東京旅行の前に、NHKの日曜美術館のアートシーンで紹介されているのを見て是非実物を見たいと思ったのです。
この展覧会を知るまで、この人のことは名前さえ知らなかったのですが、すごく気に入ってしまいました

月岡芳年の弟子の右田年英の弟子なので、芳年系譜の美人画が好きな私が気に入るのは当たり前のことなのですが、今まで名前も知らなかったのはもったいないと思えるほどの画家でした。
鰭崎英朋は、明治・大正・昭和にかけて活躍した挿絵画家ですが、当時、鏑木清方と並び称される人気画家だったみたいです。
英朋は妖艶美、清方は清楚な美を描くとされていましたが、展覧会では2人の合作の美人画が数点ありました。
どちらも良く似た絵の雰囲気で、わずかに英朋の方が年上の女性を描いていますが、妖艶というほどのこともなく、上品な美人だと思いました。
私から見れば、清方と英朋とでは技術面ではそれほど差はないように思えたのですが、清方が日本画家として後世に名を残しているのに対し、英朋のこの知名度のなさは不思議です。
これは、同じ挿絵の仕事をしていたにもかかわらず、清方は日本画家と自覚し日本画家であろうとしたのに対し、英朋は初めから終わりまで挿絵画家であろうとしたからだと展覧会の説明にありました。
うろ覚えなのですが、英朋自身が「挿絵画家というのは、定職についていない不安定な存在である」みたいなことを言っていたと書いてありました。
英朋はそれでも挿絵画家であり続けようとしたのは、挿絵画家は日本画家に比べて劣るようなものではないという、強烈な自我があったからではないかと思います。
もちろん多くの家族を養うために、挿絵画家として活躍する方が収入が高いということもあったかもしれませんが、それでも同じ絵を描くのに挿絵と日本画に優劣の差はない、そこに違いがあるのはおかしいと、思っていたのではないでしょうか。
そして、その考え方は、今現在においては正しい考え方だと思われます。
ただ、英朋が生きている間に、それが証明されなかったのが残念です。
英朋の絵は、幕末の浮世絵師・月岡芳年の孫弟子であると確かに思えるほど、場面に即した緊張感のあるドラマティックな絵ばかりでした。
また、幽霊画などの肉筆画は、技術力の高い日本画です。
すばらしい画家ですので、このように再評価されて本当に良かったと思います。
また、どこかで鰭崎英朋に関する展覧会がないか、今度はこちらから注目していきたいと思います



この特別展の後は、おなじみの夢二や華宵のコーナーも楽しみました

英朋にも、夢二や華宵のような商売っ気みたいなものがあれば、もっと後世に名を残っていただろうになぁ。
でも、それをしたら画家でなくなると、もしかしたら英朋は思ったかもしれませんね

鰭崎英朋展は、'10年1月3日から3/28(日)まで開催中です。
オススメですよ

弥生美術館・竹久夢二美術館
住所:東京都文京区弥生2-4-3 TEL:03-3812-0012
開館時間:10時~17時(入館は30分前まで) 休館日:月曜日(ただし祝日の場合は翌火曜日
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