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妙見の森フリーパス切符 ③能勢妙見山

 今回はかなり長いですが、よろしくお付き合いをお願いします。

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 リフトを降り、更に上って行くと、大きな鳥居が見えてきます。
 鳥居の扁額には「妙見大菩薩」と書かれていました。

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 神社か?と思いますが、神社ではなく、日蓮宗霊場 能勢妙見山(のせみょうけんざん)という寺院です。
 前回の記事にも書きましたが、鳥居は神社だけに建てられるのではなく、聖域への結界という意味でお寺にも建てられることがあるのだそうです。

 でも、ちょっと変わっているのは、このお寺には寺号がありません。
 普通、○○山○○寺とありますが、こちらは「能勢妙見山」のみ。
 あまりこういうお寺はありませんよね。
 このお寺の正式名称は「無漏山眞如寺(むろさんしんにょじ)境外仏堂 能勢妙見山」といい、妙見山の更に奥にある、奥の院の近くの真如寺というお寺の飛び地仏堂なのだそうです。
 それでも、仏堂の名前が山の名前だなんて、やっぱり変わってますよね。

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 そして、鳥居といえば狛犬
 こちらにも狛犬さんたちがいらっしゃいました。
 鳥居や狛犬は、神仏習合の時の名残だそうです。

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 目立つのは神馬
 鳥居をくぐった両脇に、4頭だったか6頭だったかの神馬がいました。
 北極星を守護する星として、北斗七星と輔星(北斗七星の柄の部分の端から2番目の星の伴星のこと)の8つの星があるといわれ、妙見菩薩さま(北極星)を守る神馬も8頭境内にいるそうです。

 北極星の神格化が妙見菩薩という思想は、中国から入ってきたものですが、山や星などを祀る自然信仰が古くからある日本にとってはなじみやすかったのか、北極星とそれを守る北斗七星を祀る妙見信仰は、奈良時代にはもう既に普及していたようです。

 妙見信仰は渡来人からもたらされたと考えられており、初めは近畿以西の信仰だったみたいですが、関東・東北に広がり、中世では妙見菩薩を氏神とする武家も多数あったようです。
 その中でも千葉氏が妙見菩薩を守り神にしており、所領であった土地に妙見由来の神社仏閣などを建立。
 日蓮聖人も妙見菩薩を重んじたことから、日蓮宗系のお寺に妙見菩薩さまが祀られることが多いのだそうです。
 日蓮聖人さまも千葉県ご出身ですものね。

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 山門です。
 山門が大阪府豊能郡能勢町と兵庫県川西市の県境になります。
 県境の標識は、鳥居のところにもありましたけどね。

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 日蓮宗の寺院ということで、日蓮聖人さまの銅像がありました。
 後ろに見える現代的な建物は、信徒会館の「精嶺(せいれい)」です。
 木とガラスがメインのシャープな建物で(平成10年完成)、星の形をしています。
 見学したい気になりますが、中には入れませんでした。

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 こちらは浄水堂(じょうすいどう)という手水鉢です。
 江戸時代より役者や芸能人の信仰が篤く、柱は4代目中村歌右衛門が寄進したものだそうです。
 立派な彫刻がされてました。

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 祖師堂です。
 こちらにも狛犬が。
 中は暗くてあまり見えませんでしたが、お釈迦さまや菩薩さまなどの仏さまと、日蓮聖人さまや開山の日乾上人が祀られているそうです。

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 向かいには経堂と絵馬堂があります。
 経堂は写真撮影が不可で、写真は絵馬堂です。

 お寺の境内は、山の縁に建物が建っており、片側が山、片側が崖になっています。
 山側に、浄水堂、祖師堂、そして本堂の開運殿があり、崖側に寺務所、経堂、絵馬堂があります。
 参拝者はその間を歩いてお参りするのですが、その道幅はそんなに広くありません。
 祖師堂は建物の奥行きをだせなかったのか、仏像などを祀っているだけで、勤行は道を挟んだ経堂から向かいの祖師堂に向かってされていました。
 丁度、勤行の時に行ってしまったのですが、お経をあげているお坊さんの前を通るようで気がひけました。

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 こちらは本堂の開運殿です。
 逆光でうまく撮れていませんが、上から見ると屋根が星の形になっていそうな気がします。
 1605年、能勢頼次により草創され、一度焼失したのか、1787年に能勢頼直により再建
 妙見大菩薩さまがご本尊として祀られています。
 開運・勝負運にご利益があるみたいですよ。
 破軍星(北斗七星の柄杓の柄の一番端の星)に勝ち馬ですものね^^

 最後に能勢妙見山の歴史を、大きく端折りながら、さらっと触れておきたいと思います。
 奈良時代(750年頃)、妙見山が為楽山と呼ばれていた頃、星の王が降りてきたため、村人は行基上人に頼んで、山頂に北辰星を祀ったのが始まりとされています。
 星の王って、隕石でも落下したのですかね?
 もし、これが隕石なら、日本最古の目撃された隕石となるのでしょうが、伝説なので本当のことは不明です(笑)

 その後、能勢氏がこの地の領主になるのですが、能勢氏の祖の源満仲は自邸の鎮宅霊符神像(妙見菩薩の別名)を当地へ遷座し、それ以降、能勢氏は妙見菩薩を代々信仰していたそうです。

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 戦国時代になり、能勢頼次(写真左)という当時の領主が、本能寺の変の時、明智光秀に味方したため、秀吉軍に攻め込まれ、領地を追われ、備前(現・岡山県)の日蓮宗のお寺に逃げ込み助けてもらったそうです。
 頼次は、秀吉の時代では不遇でしたが、関ケ原で家康軍につき活躍したため、再び能勢の地の領主に返り咲きました。
 これも、法華経のおかげということで、身延山久遠寺の僧・日乾上人(写真右)の法話を聴きその場で帰依。
 能勢の地に真如寺を建て、日乾上人を招聘したそうです。
 日乾上人は、新たな妙見菩薩像を彫られますが、この像は現在の妙見山(寺院)の地に建立された開運殿で祀られ、山の名前も妙見山と呼ばれるようになったそうです。

 能勢妙見山は、日蓮宗が妙見信仰を受け入れて融合しているのはわかるのですが、ここはなんかキリシタンっぽい印象を強く感じます。
 まずは神馬の鞍や山門にもあるマークが、はじめ十字に見えて「えっ?」と思ったのです。
 これは能勢氏の家紋である「切竹矢筈十字」だったのですけどね。
 
 信徒会館の中を見ると、なんか天使のような像が上部に飾ってあり、2階は礼拝堂と呼ぶそうです。
 おまけに会館の名前は「星嶺」。それって「精霊」と同じ呼び方ですよね。
 それに、北極星の中国道教での呼び方は天帝。
 キリシタンの時代のデウス(神)と同じ意味です。

 ここは地理的に戦国のキリシタン大名である高山右近の領地にもほど近く、茨木市の有名な隠れキリシタンの里の千堤寺地区の横には、妙見街道が通っています。

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 ということで、ここら辺は隠れキリシタンの信仰場所だったのではないかと思い、ネットで調べたのですが確証は得られずです^^;
 キリシタンの信仰場所だったのなら、寺名がないのも納得なのですけどね。
 もしそうだとしても、お寺さんが許しているということは、長い歴史の中、この地では仏教にキリスト教も融合したのかもしれませんね^^
 なんか不思議な感じがするお寺でした。

 今回はかなり長編でしたが、勝手な想像も含めてお付き合いをありがとうございました。
 
能勢妙見山
  
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東大阪 石切劔箭神社

 東石切公園のポケふたを探しに行く途中で、石切さんの前を通りましたので、少しお参りしていくことにしました。

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 私たちはここから入ったのではないのですが、正式なルートはここからかなと思い、先にこの門を載せます。
 この門は神門である絵馬殿です。
 こちらには「手術しても治らなかった首にできた瘤が、1週間石切さんに願掛けしたらきれいに治ったので感謝の気持ちとともに、霊験があらたかであることを広めたい」というような内容の札がかかってました。
 そうです、こちらは「でんぼ(=できもの。腫物)の神さま」として有名なのです。
 
 石切さんの正式名称は、石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)といいます。
 御祭神は饒速日尊(にぎはやひのみこと)とその御子の可美真手命(うましまでのみこと)です。

 その饒速日尊が、布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)と天羽々矢(あまのははや)という神宝を携えて、天磐船(あまのいわふね)に乗って降臨し、途中、宇佐に寄りながら現在の生駒山に到着しました。
 そして、その地を治めていた豪族の長の妹と結婚し、この地を治めるようになったとのことです。
 
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 ということで、絵馬殿の上には剣と矢(箭)が立っています。
 ちなみに、布都御魂剣はその後、奈良の石上神宮に移され、現在、石上神宮のご神体になっています。

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 絵馬殿には、剣と弓矢を持った神像のような像がありました。
 この像はそれほど古くはなさそうでしたが、神さまという感じです。

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 この絵馬殿をまっすぐ進むと、鳥居と本殿が見えます。

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 石切さんの入口の参道です。
 私たちは写真の左側から上がって、こちらから入りました。
 近鉄の石切駅は右側から下りてくる感じになります。
 以前に石切さんにお参りしたのはいつ頃だったか忘れましたが、カフェやお土産物屋さんなどが並んでいて、めちゃ賑やかな参道になっていました。

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 石切劔箭神社は、願いが叶うというお百度参りでも有名なのですが、それでも行列になって皆でぐるぐるまわっている様子に驚きました。
 以前に行った時は、こんな数珠繋ぎみたいではなかったと思うのですが、行った日が日曜日だったからか、それとも以前に行った時がたまたま少なかったのか。
 どちらかわかりませんが、寸志を納めていただく紐を持って皆さんまわってらっしゃいました。

 最初の方でも書きましたが「でんぼの神さま」ということで、腫瘍もスパッと切って治してくれるという意味で「ガン封じ」のご利益もあるのだそうです。

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 狛犬さんもアップです。

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 本殿向かって左側には御神木の楠がありました。
 あまりに大きく立派だったので、すこし離れて写しました。

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 小さくかわいいカメさんがいっぱい置いてあるお社もありましたよ。
 このカメは祈り亀といい、亀の中に願い事を書いて置いておくと願いが叶うそうです。
 背中がグレーとピンクがあったのですが、グレーは願い事、ピンクは願いが叶ったお礼の御礼亀だそうです。
 本来は御礼亀は上之社の方に納めるものだそうですが、上之社まで行けない人はこちらでも良いみたいです。
 見てたら、結構ピンク亀が多くて、ご利益があるのだなと思いました。

 人々の祈りと願いを聞き届けて、人に寄り添う明るく朗らかな石切劔箭神社でした。

石切劔箭神社
 住所:東大阪市東石切町1-1-1 TEL:072-982-3621

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奈良 葛城市 花の寺・石光寺 後編

 前回は花の写真がメインで、肝心のお寺については全然書かなかったので、今回はお寺について少し書いておきたいと思います。

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 石光寺(せっこうじ)は、浄土宗のお寺で、山号は慈雲山(じうんざん)、御本尊は阿弥陀如来仏です。
 創建は飛鳥時代後期(白鳳期)で、開基は役小角といわれているそうです。

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 平成3年に弥勒堂を改築することになり、その時の発掘調査で、日本最古の白鳳時代の石造の如来座像が出土したそうです。
 その石仏が写真の奥に写っている建物に安置されていました。
 素朴な感じの仏さまでした。

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 堂内の写真は撮れなかったのですが、お庭にいらっしゃったこちらの仏さまが白鳳の石仏さまによく似てらっしゃいました。

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 境内には同じく飛鳥時代後期とみられる塔の心礎も見つかっています。
 大きくしっかりと作られていました。

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 また、石光寺は當麻寺(たいまでら)とも近く、中将姫(ちゅうじょうひめ)が当麻曼荼羅(たいままんだら)を織る糸を石光寺の井戸に浸したところ5色に染まったという伝説があり、その井戸を染の井、お寺は別名・染寺とも呼ばれています。
 地名も染井ですしね。
 その時、糸を掛けた木が桜で、糸掛け桜と名付けられています。
 当時の木は枯れて、一部がガラスケースに入ってました。

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 前回は牡丹の写真を載せましたが、石光寺は関西花の寺二十五霊場の1つなので、牡丹の他にもお花がたくさん。
 シャクナゲもきれいに咲いてました。

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 行った時(4/22)は、マンサクも咲いていて、マンサクとツツジのツーショットです^^
 雨も降ったので、ボタンは終わっているかもしれませんが、これから芍薬も咲いていくということで、GWにはまた違ったお庭の景色が見れるかもしれませんね^^

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 大きなサルスベリの木もあるので夏はサルスベリ、秋は紅葉もきれいそうです。
 
 本当はこの後、當麻寺の奥の院のボタン園も見に行くつもりだったのですが、ボタンは石光寺だけで満足してしまったので今回はそのまま帰りました。
 午前中は春日大社の植物園に行ってましたしね。
 次は1日かけて、石光寺と當麻寺をセットでまわりたいと思います。

 歴史と花の石光寺、良かったです^^

石光寺
 住所:奈良県葛城市染野387 TEL:0745-48-2031
 開園時間:8時30分~17時(11月~3月は9時~16時30分)

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奈良 葛城市 花の寺・石光寺 前編

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 春日大社の萬葉植物園に行った後、葛城市にある石光寺(せっこうじ)に行きました。
 先にお寺について書かないといけないのですが、牡丹があまりに見事だったので、今回は牡丹の写真をメインにして、次回にお寺について書きたいと思います。

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 山門をくぐり、拝観料400円を納めて中に入ると、たくさんの牡丹の花が出迎えてくれます。
 きれいですね~。

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 こちらは「想観の沙(そうかんのすな)」といい、手前の四角い方形は私たちの姿・世界を表し、奥の円形は覚りの世界・仏を表しているそうです。
 話は難しいですが、きれいでした。

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 牡丹って艶やかで華やかで、それでいて紙細工のように繊細。
 美しいですね。

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 このお寺の牡丹は種類が多いです。

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 一重の花も可憐でかわいいですよね♡

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 この花変わってません?
 これも牡丹?

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 行った時(4/22)は藤も咲いていました。

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 思ったよりお庭が広くて、見応えがありました。
 ほんの少しだけ蕾もありましたが、ほぼ満開でした。
 ですが、その後、2日にかけて大雨が降ったので、牡丹はもう終わりかもしれませんが、今度は芍薬が順次咲くようです。
 いろんな花が楽しめる石光寺でした^^
 次回はお寺について書きますね。

石光寺
 住所:奈良県葛城市染野387 TEL:0745-48-2031
 開園時間:8時30分~17時(11月~3月は9時~16時30分)

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第57回京の冬の旅 芳春院

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 非公開寺院が期間限定で拝観できる「第57回京の冬の旅」('23.1.7~3.19まで)で公開されている芳春院に行ってきました。

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 行った日はこの前の日曜日(1/29)で、関西で大雪が降った日から2~3日経っていたと思うのですが、その時の残雪か、あるいは行った日の前日も寒かったので、新たに降ったのかはわかりませんが、まだ雪が残ってました。

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 拝観料800円を納めてお寺の中に入りますが、左側に見える入口を入るとお庭も含めて写真撮影不可とのことだったので、ここから先の写真はありません。

 京の冬の旅では、ボランティアさんが解説をしてくださるので、その話を参考に芳春院について書いておきたいと思います。

 芳春院(ほうしゅんいん)は、臨済宗大徳寺派の大本山・大徳寺の塔頭の1つで、1608年に玉室宗珀(ぎょくしつそうはく)を開祖として、前田利家の妻・松(まつ)が建立
 京都における前田家の菩提寺としたそうです。
 まつの法号から芳春院と名付けられたそうですが、大徳寺境内の塔頭の中で女性の法号から名付けられた寺院はこちらだけだそうですよ。

 御本尊は釈迦牟尼仏で、文殊・普賢菩薩を脇仏とする釈迦三尊像の形式でした。
 小さめの仏さまで、暗かったので残念ながらよく見えませんでした。
 御本尊の向かって右側に、開祖だったかな?の像があり、向かって左側には芳春院(まつ)の像がありました。
 この像は、2002年の大河ドラマ「利家とまつ」の時にNHKが製作し、放送終了後、NHKから寄贈されたものだそうです。
 きれいな像で、粋な計らいですよね^^

 そして本堂の襖絵は、日本画家の竹内浩一さんによるものです。
 私はこの襖絵が目的で行ったのです。
 竹内さんの襖絵、良かったですよ~!
 なまずが描かれた「瓢」、青鷺が描かれた「片しぐれ」、猿が描かれた「啼く」、狐と端にヘビが描かれた「杜」と名付けられた4室の襖絵が公開されていました。

 水墨画というか、細い線だけで描かれているような絵で、ものすごく淡く繊細。
 風による葉擦れの音、細やかな雨、動物たちの静かな息遣いのみが感じられる、静寂でありながらも温かみのある空間でした。
 癒されました。
 書院にも竹内さんの襖絵があるとのことで、そちらも見たかったです。

 本堂に面したお庭は「花岸庭」といい、「昭和の小堀遠州」といわれた中根金作さんの造園によるものです。
 この人はお庭で有名な島根県の足立美術館の作庭もされています。
 枯山水のお庭で、ちょうど雪もところどころ積もっていて、普段とはまた違った美しさだったと思います。
 このお寺は大徳寺の中でも最北にあり、高さも東寺の五重塔と同じぐらいのところに位置しているそうで、電線やビルも見えず、昔ながらの景色だそうです。
 写真、撮りたかった~。

 本堂の後ろにあるお庭は、本物の小堀遠州の作です。
 看板がお庭の写真だったので、載せておきますね。

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 この建物は「呑湖閣(どんこかく)」といい、「金閣」、「銀閣」、西本願寺の「飛雲閣」と並んで「京の四閣」の一つに数えられています。
 東側からは比叡山が望め、その奥の琵琶湖を呑むということで「呑湖閣」と名付けられたそうです。

 二重楼閣の呑湖閣と前に広がる「飽雲池」、そこに架かる「打月橋」を配した楼閣山水庭園は、優雅でありながら力強さが感じられるお庭でした。
 呑湖閣の2階には菅原道真の像が安置されているそうです。
 中も見学し、窓からの景色も見たかったなぁ。

 隣にあった建物は大書院で、3回総理大臣になった近衛文麿が若い頃、勉強部屋に使ったといわれているそうです。
 近衛文麿の母親方の先祖は前田家なので、その関係かもしれませんね。

 芳春院の横には、日本初の盆栽庭園があり、芳春院の公開中は見られるようです。
 しかも、芳春院の半券があれば、1000円のところ半額で見られるとのことで、入ろうかなと思ったのですが、芳春院を出た時点で16時を過ぎていたので、今回は時間切れ。
 盆栽にほんのり雪がかぶっていたかもしれないので、ちょっと惜しい気もしましたが、景色を見るのも一期一会ですものね。

 ふんわりとした雪景色のお庭に、優しい竹内浩一さんの襖絵に癒され、穏やかなひとときを楽しめた芳春院でした^^
 写真少なめ、字が多めのところ、最後まで読んでくださりありがとうございました^^
 
芳春院
 住所:京都市北区紫野大徳寺町55 TEL:075-492-6010
 拝観期間:'23.1.7~3.19(京の冬の旅期間。通常非公開)
 拝観時間:10時~16時30分(受付は16時まで)

第57回京の冬の旅
 
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主に関西で開催されている展覧会を観に行っています。
ゆるゆる感想を書いていきたいと思います。
ローカルネタになりますが、訪問していただけるとうれしいです。

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